第5回「インターネットが拓く新・福音宣教Ⅱ」報告

カトリSIGNIS JAPAN セミナー 第5回インターネットが拓く新・福音宣教Ⅱックメディア協議会(SIGNIS JAPAN、会長:千葉茂樹、事務局:カトリック中央協議会広報部内)主催の「SIGNIS JAPANセミナー<教会とインターネット>」の第5回「インターネットが拓く新・福音宣教Ⅱ」が、2006年2月18日(土)、東京都千代田区のカトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)ヨセフホールで行われました。

セミナー参加者72人

開会の辞 副会長 晴佐久神父  14:00
自分の教会では、洗礼志願者の1,2割がインターネットを通じて来ている。苦しむ人にとってコンピュータの画面は天国への窓、インターネットを活用して宣教しましょう。

主催者挨拶 千葉会長
第5回のセミナーになりました。今回特に押川司教、阿部仲麻呂神父、土屋先生の豪華メンバーを迎えて、大勢の人にご参加いただいて喜んでいます。
インターネットは宗教にとって、新しい4つ目の資源です。新しいメディアの使命として、ツールとしてあるだけではなく、一人一人の心を耕していくことを目指し、輪を広げ力に変えていきたい。

講演 押川沖縄教区司教
講演 押川壽夫司教  14:10
講演 押川沖縄教区司教情報化が加速する中、今後の教会業務には最先端の通信技術への適応が不可欠であることを指摘。
その上で、キリスト教の広報活動には「霊性」が中核的な意味を持つことを示唆。神学と聖書に根ざし、キリストの体験を重んじ、神と自身と他者に開かれた福音宣教のあり方を提言した。

又、高度情報技術への取り組みに進歩的なアジア諸国の教会の例を紹介すると共に、多様な宗教的伝統が共存するアジアにおいては、インターネットを利用した広報活動を通して、キリスト教のみならず異宗教との相互理解を促進し、コミュニケーションを深めていくことの大切さを強調した。

Q&A
高円寺 N氏
「広報」を広い視点で捉えることが大切で、霊性が大事なことがよくわかった。
Q. アジアのインターネット活用の実例を
A. アジアでは海賊版映画情報の共有が盛んで、貧しい地域に宣教と娯楽を提供している。
若者のテレビ離れが進んでいる。

調布 M氏
Q. EWTN(アメリカ・シスターが始めたEternal Word Television Network)の活動を紹介したい。日本でも近い活動をしたい。留意点をいただきたい。
A. 西欧と「アジアの霊性」の大きな違いは、1.若い世代が中心  2.貧しい
ラジオがまだ生きて活用されている ということと限られたメディアを有効に使っているということ。

T氏
Q. アジアの国でうまく使って福音宣教している例
A. 台湾とシンガポール。フィリピンはカトリック国なのでテレビ局も持っている。
台湾は司教様が乗り込んできて、“これからお金をかける”と宣言した。日本の取り組みと全然違う。シンガポールは映画制作に力を入れている。アジアではSIGNISといえば広報です。日本では違うかもしれませんが。日本のカトリック会館には宿泊棟にLANがない状態です。教区事務所にLANがなければ仕事は出来ない。コンピュータの使えない人は教会で仕事は出来ません。

京都 T氏
Q. 日本のシスターはコンピュータを使いたがらない。なぜか。ことばの問題か、日本人のメンタリティーなのか。
A. わかりませんが、1.機械に対する恐さ 2.コスト面 ではないですか。修道会がやっていないので個人でやっている人もたくさんいる。外で勉強すればわかります。啓蒙しなければなりません。コンピュータがわからなくても食っていけるからではないですか。それでは宣教は出来ません。

パネルディスカッション   司会:土屋至
土屋 ブログとは何か。
ブログは日記風に公開したところから始まっている。教会の中だけでなく、いろんなところで見つけたGood Newsを伝えたい。
大きなプロバイダーはブログのページを持っているので、そのブログ開設ページに行って、名前など入力すると簡単に開けます。見た人の数、見たページがわかる。どんな人が見に来たかも大体わかる。私のブログは検索エンジンgoogleやyahooで来る人が多い。コメントに対して返事をしてつながりを作ることに重点を置いているブログもある。
これまで20年間 教会で入門講座をしているので、インターネット上で展開する入門講座につなげたい。既に韓国では始まっているそうで、この可能性を追求したい。

阿部仲麻呂神父 ブログのキリスト教的側面について
6ヶ月で8600人が訪れた。学問的な活動を紹介することを目的としている。「さまざまな学問と宗教のつながり」を一般の方々への立場で考える目的。Yahooの中のブログのページを使っているので無料。他のブログのページだと200〜300円/月かかる。
HPの場合:受け取り側の発信がない。ブログは個人の情報を流すことが阿部仲麻呂神父出来、物事について深く考えるきっかけを提供する。どのような相手がみるかを考えて作れば有益。
◆問題点
阿部仲麻呂神父 文字でしかコミュニケーションとれない=狭い意味でのコミュニケーションしか出来ない。直接会って相手を見るとほぐれてくるものも、ことば尻をとらえて傷つけあったりけんかしたりしてしまう。
◆ポイント

道具に過ぎない。使い方によってよく使えもするし、傷つけるものともなる。
目的・枠組み・方針について共通理解を作る必要がある。誤解の元となる。
見る人の立場によって槍玉にあげられる。どんなにがんばっても誤解を受ける難しい手段である。
情報か愛情か――ブログを作るときのバランスが難しい。
世の中のサイトは情報が中心、キリスト教のブログには愛情が必要。
愛情が無ければキリスト教的ブログではないと思う。
イエズス会の「霊性センター-せせらぎ」のサイトはキリスト教的であり、他の宗教も尊重して愛情がある。
ベネディクト16世はコミュニケーションを重んじる思想を持っている。聖体を通した食事によりコミュニケーションを深めることを求めている。ブログは情報の集積ではなく、愛情を感じさせることが必要。理念、技術者、取材者など協力してグループでやっていくのが理想であり、これからのキリスト者のブログの可能性ではないだろうか。

参加者から Oさん(雪ノ下)カトリック系中・高等学校で数学担当、聖書研究担当
OさんHPを1999年から始め、地味な割に23万件のアクセスがある。栄光学園のモットー“マジス”(常に高いものを追求する)を掲げる。
◆目的
Oさん
福音宣教―ミサの時のお説教の分かち合い
カトリック学校とは何なのか。保護者が見ている。コメントいただけるとありがたい。
「一億総欝時代」カウンセリング的なことに反応が多い。
ブログ上での分かち合い

◆特徴
発信型でない。 6ヶ月で27000件  1日150件
掲示板との違い――ハンドルネームが流通していること。(でたらめなハンドルネームは使えないことから、完全な匿名ではない。)

参加者から Sさん(高槻・復活徹夜祭に受洗予定)Sさん
Sさんいろんな人が好きなことをいえるのが特徴。入門コースに入るまでは、本質的な「聖体について」とかなかなかわからなかった。自分のブログで自分の困ったことや感想を書いている。信仰って何かがわからない、なぜイエス・キリストが救ってくれるのか、を思ったところで書き留めたい。今までキリスト教に関わったことのない人に何らかの手助けをしたい。

休憩
新潟教区 菊地司教様、鹿児島教区 郡山司教様のブログの紹介

質疑応答
土屋
ブログは今のところ個人が発信する道具になっているが、更新が簡便なので教会HPやカトリック学校の道具として使えるのではないか。

盛岡カトリック系学校より参加  T氏(広報・生徒募集・宗教を担当)
3月からHPの中にブログを開設する予定。目的は保護者サービスと福音宣教。授業でやっていることをのせていきたい。校長がチェックしてから公開する。

質疑応答高円寺 N氏質疑応答
ブログを活用して教会のいきいきした日常を紹介したい。ブログならファイルを持つ必要もないし、当番で書くことも出来るし、写真も載せられる。教会学校としてのブログも検討したい。

土屋
ブログはRSSがあると検索エンジンにかかりやすく、広く知らしめるという点で効果がある。教会のブログも検索に引っかかりやすいことばを埋め込んでおくと、個人につながりやすい。

阿部神父
ブログは毎日チェックする必要があり面倒。こまめな性格の人でないとやりにくい。

押川司教
e-generationに生まれた皆さんは大いに利用して欲しい。でもブログは暇が無ければ出来ません。韓国の有名な枢機卿もHPを開設して1日に数千件アクセスがありすぐ止めたそうです。大切なアクセスを放っておいたら教会の応えにならない。まじめに応えていたらリピーターが増え、パンクしてしまう。
引退した神父に耄碌しないようコンピュータの前に座って、宣教魂を目覚めさせて対応してもらったらいいと思います。いろんな方法で利用したらいいと思います。

パウロ会 A氏
ブログへの歌詞など著作権の課題をどうお考えになりますか?

阿部神父
個人的に引用するときは本の名前、著者、出版年、ページ数を明記して「引用します」と但し書きを書きます。相手の著作活動に対する尊敬ときちんとした表示が最低限必要だと思います。作者に電話して許可を得なければならないときもあるので、難しい面もあります。

O氏    会場様子
インターネットを通じて、聖書の引用部分に対して自分なりの解釈を書いたとき、同様のことを神父から禁止された人がいて“あなたもやめなさい”と言われたことがある。このことについて司教様はどうお考えになりますか?

押川司教
これがエスカレートすると個人的なコメントや聖書の解釈が出てくる。信徒が本などを読んで書いたりして、勝手なコメントが飛び交います。書く時は「個人として」「もっと詳しいところは教会へ」と断らなければ大変なことになる。
あらゆるメディアには大きな落とし穴があり、まったく自由ではない。発信者は責任をもって、個人のものであることを断るべきです。書き手の背景(職業など)がわかると問題になることがある。
挨拶 事務局長 久志神父
今回は南は広島、北は仙台から72名のご参加をいただき、誠にありがとうございました。

懇親会
40名参加 20:30 解散

以上